気がつくと私は時計の中にいた。
巨大な数字と2本の動く針の光景を私はなすすべなく見つめていた。
すると・・・
聞き覚えのある音だ。
鳩時計の鳴く音、昔、祖母の家にあったあの音だ。
するとどこからともなく声がする。
「やったぁ、12までたどり着いたぜ短針のじいさま。」
「そりゃ君は長針だ。だから、私の何倍も早く,12にたどり着けるじゃないか」
「へっ、自分の足の遅さを出自のせいにするんじゃあない。」
短針と呼ばれた針が私に話しかける。
「あいつはまだ若いな、時計の原理、いや世の摂理を知らない。」
私は短針の言うことに頷きながら、
「君は何者だ」
と一応たずねた。どう見てもやつが時計の短針だと知りつつ。
「ご存知、私は時計の短針ですよ。
毎日毎日12から出発し、12を目指している、こんな毎日も悪くはないものですよ」
私はこの短針に興味を抱いたのでさらに話しかけた。
「毎日、12を目指しているのか君は。12に行ってどうするんだ。」
「私が12にたどり着くとかわいい鳩めが12回鳴くんです。これがたまらなく好きでね。
なんだろう若いころを思い出す。そう、生き急いでいたあのころを・・・」
「私はまだ若いのでそのような回顧主義は分からない・・・けれど・・・」
私は幼いころ、祖母の家で聞いた鳩時計の音を思い出した・・・
「確かに・・・鳩時計の音はいい」
「あなたにもいい思い出がおありのようですな」
短針は静かに口元を緩めた。
「私は貴方としゃべるとき少し、動いてしまうが勘弁してくれ。
もっともお若い貴方にとっては散歩にもならないだろうが。」
短針は語ると静かに時を刻んだ・・・
「そんなじぃさまと話していて何か楽しいか?」
すごいスピードで来た長針のやつが私に話しかける。
私はそれに答えなかった。
「まぁ、いつまでもそこで茶飲み話をしているといいさ。
おれは一足先に鳩の音を聞くさ、いや一足どころじゃないね ハハハ」
長針のやつはあっというまに12をめがけて駆けていった。
「彼は12に早く行くことをいいことだと思っている。
もっとゆっくり時を味わえばいいのに・・・」
短針はため息をつきながら言った。
「・・・けれど12にいくという目的という意味では私も彼とかわりはしないがね」
「・・・短針さん、貴方は12に行って、その、鳩時計を聞いたら
どうするんだい」
「また12を目指すんですよ」
予期していた答えではあったがやはり質問をせずに入られなかった。
「またですか?長い時間を掛けて?不毛さを感じないんですか?」
毎日毎日12を目指して進む、私はこの行程が繰り返しの不毛なものにしか思えなかった。
短針はゆっくり答えた。
「若いころは12にいくことそれが楽しくて楽しくて仕方がなかった。あの美しい鳩の音もね、
けれど、最近はもっと大きな楽しみがるんですよ。」
「もっと大きな楽しみ?短針である貴方に何があるというのです。」
「死ですよ」
驚く私を尻目に短針は淡々と答えた。
「死?つまり壊れるということですか?」
「そうですよ」
わたしはそれを聞き、興を殺がれた気持ちになった。
やはり時計の人生とはつまらないものだ。12を目指して12を目指して
最後に壊れるのを待つ。いったいそれに何の意味があるんだ。
わたしは意地悪に行った。
「つまらないものですね、時計というものは」
短針がどんな反応をするか、残酷な快感を感じていたが短針は
慌てる様子もなく驚くべきことを言った。
「あなたたち、人間と何か違いますかね」
「?」
「あなたたち人間も常に安らぎを求めて駆けているんでしょ。
安らぎは人それぞれ違いますがね。
アフター5、日曜日、正月、酒に女、ギャンブル、
けれど、安らぎのあとには再び安らぎまでの行進を歩むんでしょ、
安らぎだけの人生なんてあるわけないですからね。
日曜の後の月曜、安らかな眠りの後の朝・・・
それが我々、時計の歩みとなにか違いはありますかね?」
わたしは答えられなかった。短針はさらに続けた、
「若いうちは周囲の自然や身近な家族に感謝することなく、
ひたすら歩む、そう、あの長針のやつのようにね。
私も以前はそうでした。
けれど、老年になると悟るんですよ。幸せは身近にある。
歩みはゆっくりでいいと。
そして最後には永遠の安らぎを求めるんですよ。
死という安らぎをね」
私はなにもいえなかった。
確かに私の歩みと時計に何か違いはあるのか。
私もすぐに終わる鳩の音を聞くためにいつも歩んでいるに過ぎないのではないか。
死を迎えるまで。
俺とあの長針になにかちがいはあるんだろうか。
そういえば、いつも鳩の音を聞くことが出来たのは子供のころだった。
祖母に抱かれていたあのころ。もうあのころには戻れない。
鳩の音を聞くためには進むしかないのだ。永久に、壊れるまで・・・
気がつくと、私は目覚めていた。
なにか不思議な夢を見た気がするが覚えていない。
「日曜日はデートの約束があるんだ。さて出勤しよう。
はやく日曜にならないかな。」
私は憂鬱な月曜、会社に出勤した。